墨から生まれ、夢へと消える龍——二つの雲龍図を読む
- Emi | Kenshirou Siba Labo

- 2025年6月14日
- 読了時間: 2分
更新日:2025年11月15日
龍のまぼろし
空を裂く
波を飲む
それでも
ただの紙の上の
墨
どこにもいない
どこかにいる気がする
墨の粒が集まって
雲になり
雲がほどけて
龍の夢になる

それは、墨のような空だった。
そのなかに、にじむように“龍”のかたちが現れる。
でも、見ているそばから輪郭はほどけていく。
「龍ってさ、いたんだと思う?」
—龍の絵を見るたびに、人は“いなかったはずの存在”を思い描く。
巨大な龍が、墨の滲みと余白のあいだから現れ、空を裂くように描かれる。
その姿は、絵でありながら、夢の記憶のように私たちの心に残る。
海北友松『雲龍図』
友松の龍は、輪郭線をほとんど持たず、滲みと勢いだけで形を立ち上げる。
墨が煙のように走り、その中から龍が生まれては消えていく。
安土桃山時代の絵師・海北友松(かいほう ゆうしょう)が描いた『雲龍図』は、
墨だけで描かれた水墨画の傑作。
屏風絵としても知られ、荒々しい筆致の中に、龍が空へと昇るさまが描かれています。
この龍は、あたかも雲から生まれたかのように、形を変えながら姿を現し、
けれど、すぐにまた霞のなかへ消えていく。
その儚さが、まるで「いたかもしれないし、いなかったかもしれない」
夢の龍のようです。
俵屋宗達『雲龍図屏風』
宗達の龍もまた、別の息づかいを持っている。
宗達の筆は、雲や波を包み込むように柔らかで、どこか幻想的。
余白を“風”のように扱い、龍そのものではなく、龍の“気配”を描く。
こちらも墨だけの世界ですが、余白が龍のうねりを誘い、
絵全体が深い静寂をたたえています。
この屏風絵には、物語や言葉を超えた世界があります。
「いたと夢に見る」ことは、確かに息づいているのです。
海北友松と俵屋宗達、それぞれの『雲龍図』は、
龍という幻を紙の上に呼び寄せ、
見る人の胸に、まだ見ぬ物語を残します。
それは単なる絵画ではなく、
詩のような、あるいは祈りのような存在。
「空を裂く/波を飲む」という短い言葉に潜む世界が、
このふたつの『雲龍図』から、確かに立ち上ってくるように感じませんか?
関連サイト
文化遺産オンライン:雲龍図屏風(右隻)
京都・北野天満宮に所蔵されている海北友松の『雲龍図屏風』についての詳細情報が掲載されています。
アメリカ・ワシントンD.C.のフリーア美術館で 催された俵屋宗達の展覧会
「Sōtatsu: Making Waves」に関する情報が掲載されています。




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