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【食と文化の観察ブログ】
Tasteia研究所メンバー
所長:EMI| kenshiro Shiba labo
文化観察者
薬膳、犬、日本文化を研究中。
研究助手:柴犬ケンシロウ
研究所の見まわり担当。
食べ物と昼寝の研究をしています。
Tasteia研究所は、
食べものと暮らしの記憶を観察する小さな研究所。
犬と人のごはん、季節の薬膳、古い文化や物語。
今日も研究犬が、窓辺で静かに観察している。






最新研究ログ
(ブログ記事)
研究室紹介
カテゴリーNo.3
刀文化研究室
日本刀、人形浄瑠璃、
妖刀村正。
刀に宿る物語と、浄瑠璃に残された江戸の罪と情念をたどります。
シリーズ
・沈黙の刃
・人形たちの裁き
・刀剣探偵
検索タグ
研究ログ(記事)一覧














観察日誌|Soraumiという深夜放送
顔も出していない。
声も出していない。
それなのに、
知らぬまに、
自分が思いっきり出ている。
「Soraumiという深夜放送」
そんな動画の話です。
6月9日




観察日誌|言葉を減らしていったら、沈黙になった
tasteia研究所 観察日誌 2026.5.19 くもり☁️ 言葉が邪魔だ。 言葉が支配しすぎる。 これは 私が初めてYouTubeで動画を作ってみて思ったことである。 昔、 谷川俊太郎さんが 「音楽はずるい」 というようなことを言っていた。 決して、同列に並べていい案件ではない。 わかっている。 でも、その言葉を思い出した。 Tasteia研究所には、研究犬がいる。今日も窓辺で、なにかを観察しているらしい。 何かをメモしようとした時 イラストに書いてメモを残す? 言葉で書き止めようとする? 私は断然、 文字を書いて残す。 その脳みその構造が、 とても問題だった。 最初に2本。 村正の噂「村正に斬られた男」で YouTubeショートを作った。 邪魔だった。 イラストという“視覚”は、情報量が凄まじい。 それなのに、 ナレーションとテロップが入る。 相乗効果で被ってうるさい。 こうして、動画を作るたび、 だんだんナレーションとテロップを少なくしていった。 母国語使うから言葉使いたくなるんだ。 と思いつき、 日本語をやめた。 英語を使ってみた。 フ
5月25日






『村正の噂』第一話 村正に斬られた男
YouTubeコミュニティで連載している『村正の噂』の断章を、
ひとつの記録としてここに残しておきます。
流れていく投稿とは別に、
静かに読みたい方は、
こちらからどうぞ。
5月7日


草薙剣とは何か|失われたのは剣か祈りか
失われたのは、剣か。
それとも、祈りか。
草薙剣は、あるとも言えるし、ないとも言える。
けれど語られ続ける限り、それは今も日本人の中にある。
5月5日




刀は人を斬るだけの道具ではないのか|日本刀の本質【沈黙の刃Vol.3】
——刃の静かな役割 日本刀を前にしたとき、 人はまず、こう思う。 これは、人を斬るためのものだ、と。 確かに、その通りだ。 研ぎ澄まされた刃。 極限まで鍛えられた鉄。 それは、間違いなく 「斬るため」に生まれたものだ。 けれど、少しだけ不思議に思う。 日本の刀は、 歴史を重ねるほどに、 “斬るための道具”ではなくなっていく。 人を斬るための鉄が、 なぜ、祈りを宿し、 美として語られるようになったのか。 ■ 刀は、もともと「祈り」の中にあった 日本では古くから、 刀は単なる道具ではなかった。 神に近いものとして扱われてきた。 三種の神器のひとつ、草薙剣。 刀は、ずっと この国の“中心”に置かれてきた。 刀鍛冶は、ただ鉄を打つだけではない。 身を清め、 祈り、 火と水の中で、刃を生み出す。 その工程は、 どこか儀式に近い。 だからなのかもしれない。 刀には、 ただの道具とは違う、 静かな気配がある。 神社に奉納された刀は、 戦うためではなく、 災いを鎮めるためにそこにある。 最初から刀は、 “斬るもの”であると同時に、 “守るもの”でもあった。 刀は
4月21日


日本人はなぜ刀を美しいと思うのか|沈黙の刃vol.2
——刃に宿る静かな美 10代の頃、 熱田神宮の宝物館の中で、整然と並ぶ刀を眺めていた日々。 薄暗い展示室の中で、 それは不思議と恐ろしいとは感じられなかった。 本来、刀は凄惨な道具だ。 人の命を奪うために特化し、 研ぎ澄まされた鉄の塊。 事実、その刀を寄進した人物には、 織田信長をはじめ、 血生臭い戦場を駆け抜けた武将たちの名が連なっている。 刃は鋭く、冷たく、 容赦のない光を放つ。 それなのに、日本では昔から刀を見てこう言う。 美しい。 この感覚は、 どこか異質だ。 なぜ人は、 死に最も近い道具の中に、 究極の美を見出すのだろうか。 静かな刃。日本刀の美しさは、どこか風景のようでもある。 「引き算」が生んだ、鉄の風景 世界を見渡せば、 宝石や金銀で過剰に装飾された“美しい武器”は数多く存在する。 けれど、日本刀の美はそれらとは対極にある。 それは、余計なものを削ぎ落とし、 最後に残った“鉄そのもの”の美しさだ。 日本刀の美を語るとき、 欠かせないのが 刃文 (はもん)である。 それは単なる装飾ではない。 硬い鉄と柔らかい鉄を組み合わせ、...
4月7日


妖刀村正は本当に妖刀だったのか|沈黙の刃vol.1
妖刀村正は、本当に妖刀だったのか。
徳川家との因縁、よく斬れる名刀としての歴史。そして、歌舞伎や浄瑠璃に語られる妖刀伝説。
刀はなにも語らない。人が刃に重ねた物語こそが、妖刀なのかもしれない。
3月10日


【女の罪と人形の涙】──奉行所が記した“女たちの生”
「女は、なにをしても罪になるのか——」 江戸時代の記録を読んでいると、ふとそんなことを思ってしまう。 講談社現代新書『 江戸の犯罪録 長崎奉行「犯科帳」を読む 』(松尾晋一著)に記された判決の数々は、どれも現代の私たちの感覚をゆさぶる。 たとえば、こんな記録がある。 ・妊娠して奉公先に迷惑をかけた女、死罪。 ・密通が発覚した妻は死罪、相手の男は遠島。 ・男をめぐって争った女は鼻を削がれ、見せしめに市中引き回し。 ・堕胎を依頼した女も、堕胎を手伝った者も、同罪。 それが、江戸のリアルだった。 でも、そんな “ 女たちの罪 ” を、舞台の上の人形たちは、涙ながらに語っている。 人形たちの悲しみは、物語の中でしか許されなかった“罪”を映し出す——。 ある日、人形浄瑠璃の現代語訳に取り組んでいた私は、『 恋飛脚大和往来 』を読んでいた。 この作品に登場する 遊女の梅川 (うめがわ)は、 愛した男の 公金横領 という大罪をかばうため、それでも彼のために命を投げ出そうとする。 彼女の行為は、現実ならば「 共犯 」だ。 なぜなら―― 梅川は、愛する男の窮状を救
2025年11月13日


【虚実の境界線】人形浄瑠璃と江戸の犯科帳──“物語の罪”は、本当に罪だったのか?
「その者、鼻を削がれ、市中を引き回されたのち、…」 読んでいたページを、そっと閉じた。 鼻を削ぐ? えっ? 本当に? ——それが、 江戸のリアル だった。 講談社現代新書の『 江戸の犯罪録 長崎奉行「犯科帳」を読む 』(松尾晋一著)は、200年、145冊もの記録をもとに、長崎という“江戸の国際都市”で起こった実際の事件と、その裁きを語った本だ。 長崎奉行所 が残した犯科帳には、江戸のリアルが淡々と記されている。「誰が」「どこで」「何をして」「どう裁かれたか」が一文の情緒もなく記され、読む者の想像力を鋭く刺激する。 そこには、現代の私たちから見れば目を疑うような処罰が、日常のように並んでいる。 たとえば、抜荷(密輸)を恐れて自害した者は、死体を塩漬けにされ磔。心中に失敗した者は、女は死罪、男は遠島。障子を盗んだだけで死罪。 ーー盗み、密貿易、偽証、下女の妊娠、果ては人を騙して金を取った話まで。 ただそれだけのことで、鼻を削がれた人もいた。 市中を歩かされ、見せしめにされた者もいた。 そして、ふと、思ったのだ。 これって、 人形浄瑠璃の世界 ではどう
2025年10月25日


声なき刀が語るもの──小説『刀が泣くとき、探偵は声をきく』
── 名を持たぬ刃が、命を喰らう。 それを聞くのは、声をきく探偵――片桐透馬。 刀は、叫ばない。けれど命の声は、確かにここにある 今年は、今までやったことないことに挑戦しようと思っていた。 それで、ふと思いついて、ミステリー小説を書いてみた。...
2025年4月29日
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