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【食と文化の観察ブログ】
Tasteia研究所メンバー
所長:EMI| kenshiro Shiba labo
文化観察者
薬膳、犬、日本文化を研究中。
研究助手:柴犬ケンシロウ
研究所の見まわり担当。
食べ物と昼寝の研究をしています。
Tasteia研究所は、
食べものと暮らしの記憶を観察する小さな研究所。
犬と人のごはん、季節の薬膳、古い文化や物語。
今日も研究犬が、窓辺で静かに観察している。






最新研究ログ
(ブログ記事)
研究室紹介
カテゴリーNo.3
刀文化研究室
日本刀、人形浄瑠璃、
妖刀村正。
刀に宿る物語と、浄瑠璃に残された江戸の罪と情念をたどります。
シリーズ
・沈黙の刃
・人形たちの裁き
・刀剣探偵
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研究ログ(記事)一覧


クレオパトラは不滅?アイメイクの先駆者?
焦がしたアーモンド 炭素の影 彼女のまなざしは 永遠の魔法 Charred almonds, Shadows of carbon, Her gaze is An eternal enchantment. クレオパトラを題材にした映画、漫画、小説。 時代を遡って、無数にある。...
2025年3月13日


谷川俊太郎さんと海陽町 ~追悼展示の裏側
海陽町の図書館と文化村では、日本を代表する詩人・谷川俊太郎さんを偲び、彼と海陽町とのつながりを振り返る追悼コーナーが設けられました。 この企画は、俊太郎さんが亡くなられた後、関係者からの相談を受け、かつて谷川俊太郎さんと深く関わったメンバーが中心となって準備が進められました...
2025年3月2日


とのさんの足跡を辿る:丸亀に息づく江戸の香り
丸亀では「とのさん」と呼ばれる京極家 香川県丸亀市では、今もなお京極家のお殿様を親しみを込めて「 とのさん 」と呼ぶ。それは、特に6代目藩主・京極高朗(たかあきら)公の影響が大きいのかもしれない。 かつての藩主を今でも「とのさん」と呼び続ける土地はそう多くないが、丸亀の人々にとって京極家は、それほど身近で誇り高い存在なのだろう。 ちなみに、私もご縁があり、現在の京極家御当主に何度かお会いしている。 こっそりと「とのさん」と呼ばせていただいているが、歴史が息づく丸亀の土地柄を考えると、どこかしっくりとくるのだ。 「とのさん」に見守られながら始まる丸亀の物語を象徴しています 京極家とは?—浅井三姉妹とつながる名門 京極家は、かつて大河ドラマにもなった「浅井三姉妹」の次女・初(はつ)が嫁いだ家としても有名だ。 母は織田信長の妹・お市の方、姉は豊臣秀吉の側室・淀殿、妹は徳川秀忠の正室・江。 このように、京極家は戦国時代の大名家とも深い縁がある。 また、京極家の歴史は丸亀藩に留まらず、 丹後国峰山藩、但馬国豊岡藩、讃岐国多度津藩 などにも京極家の系譜が続
2025年2月28日


古墳の鍵穴に宿る物語:徳島の新発見から見えた弥生と三国志の交差点
いきなりすぎるやろう。 自分でも思った。 初めてお会いする考古学の先生に、 顔を合わせてものの5分で聞いた質問がコレ。 「 古墳って、何が面白いんですか? 」 失礼極まりない質問に怒られるどころか、この後、私と先生は大盛り上がりするのである。...
2025年1月2日


あそびフェスの舞台裏とパルクールの物語を書いた理由
🏞 あそびフェスという物語 パルクールと出会い、物語を書くようにイベントを作るということ 「パルクールの物語を書こう」と思ったのは、実は、イベントを企画する過程で生まれた衝動でした。 それが、2024年10月に開催した あそびフェス です。 私はアスリートではありません。 パルクールもスラックラインも、ストリートワークアウトも、プレイヤーとして知っているわけではない。 でも、その世界に触れたとき、どうしてもこの面白さや熱量を、もっと多くの人に伝えたいと思ったのです。 でも、どうやって? パンフレット?チラシ?SNS? それもいいけれど、どうせならもっと“ 物語として届ける方法 ”はないだろうか。 なぜパルクールの創始者を物語にしたのか そのとき、たまたま出会ったのが パルクールの創始者 ダビッド・ベル の話でした。 父・レイモンド・ベルの教えと、 戦後フランス の時代背景、自由を求める若者たち。 身体ひとつで街を駆け抜けるあの姿は、スポーツというよりも「 哲学 」でした。 「だったら、偉人伝のように、誰でも読める物語にしてみたらどうか?」...
2024年12月31日


陸上特殊無線技士の資格はドローンで使える?忘れていた免許と再会した話
空を飛ばすはずが、部屋で墜落中。 結論から言うと、陸上特殊無線技士はドローンで「 使える 」。 ただし、思っているよりずっと 手続きと知識が必要だった。 「アレ⁇ この資格って見覚えがあるんですけど」 と、内心ぷちパニックな私。 それもそう。 22歳くらいの時に、自衛隊の仕事で必要で、必死で取った資格だったのだ。 そのくせ退官した後は全く使い道がなく、そのまま存在を忘れていた。 そんな資格が再び顔を出すきっかけになったのが、 「高知県の柚子畑でドローン撮影」 というプロの現場にお邪魔した時のこと。 ドローンと聞いて思い浮かべるのは「わりと大きいやつ」だったけれど、 現場にいたのは 空を飛ぶペットみたいな小型ドローン 。 手のひらから発進して、帰ってくる姿はかわいらしい。 ドローンは、着々と進化していたのである。 空を飛ばす資格はあるのに、現実はまだ、床の上。 ドローンの種類:100g以上と100g以下 帰宅後、早速ドローンについて調べてみた。 すると、 100g以上と100g以下 で大きく分かれることがわかった。 🐤100g以上のドローン..
2024年12月22日


暴れるコーヒーサイフォンと暮らす──初期モデルと判明した古道具のメンテナンス記録
コーヒーサイフォンの音が気になる今日この頃です。 これって、普通なんだろうか? うちのコーヒーサイフォンは、「 バチっ 」だとか「 ガボボ 」だとか、音を出す。 いつも「ぽこぽこ」かわいい音だけ出せばいいのに、結構な頻度で派手な音を出す。 そのたびに私は「割れるんじゃないか」と、ヒヤッとする。 というのも、このコーヒーサイフォン、とても古いものなのだ。 なぜうちのサイフォンは「暴れた音」を出すのか? うちのサイフォンが20年間眠っていた理由 そう、もう20年はうちにあると思う。 もとは私の洋菓子の先生の持ち物で、先生が東京に戻る時に譲ってくださった。最初はうちの父が使っていたが、そのうち電気コーヒーメーカーに変わった。便利なものには勝てないらしい。 全く使っていないので、結婚を機に私がもらったのだが、実は私も使ってなかった。 いつでも使えるような場所においていたけど、出番はなし。 アルコール で火を灯してコーヒーを淹れるというのは、なかなか素人には敷居が高い。喫茶店で飲むような、プロの手法なのだ。 「コーヒーを淹れる作法がわからぬ」など、茶道か?
2024年12月19日


あそびフェスのはじまりvol.3
迎えた当日――広がる挑戦の輪 澄み渡る青空の下、「あそびフェス」の当日を迎えた。楓と翔真は、朝早くから会場入りして準備に追われていた。 「スラックラインのロープは、もう少し広めにスペースを取ろう。あと、パルクールとストリートワークアウトのブースの間も区切りをはっきりさせて……。」 楓はロープやカラーコーンを使いながら、会場全体の安全面を細かく調整していた。 翔真も出演者たちと共にブースの設置を進めていた。 「ストリートワークアウトの鉄棒は、この位置でいいかな? でも、近くに人が集まりすぎないようにした方がいいよね。」 「お客さんが動線で迷わないよう、ブースの案内をもっと目立たせよう!」 スラックラインチームのリーダー真弓は、親子連れが分かりやすいように案内板を追加で設置していた。 午前10時、ついに「あそびフェス」がスタートした。 会場に集まる人々 開始早々、会場は想像以上の賑わいを見せた。 「これ、無料で見られるの?」「めっちゃすごい!」 親子連れや中学生グループ、サッカー大会に参加していた子どもたちが、ブースを次々と訪れていた。...
2024年12月17日


刀剣エッセイ、1年ぶりに復活|AI挿絵が創作意欲を呼び戻した話
刀剣エッセイを1年ぶりに復活させた理由 随分と前に、 「刀と私」 というテーマで、エッセイを3つほど書いて、 そのまま1年、見事に熟成させていた(笑)。 刀剣の雑誌にまとめて応募したいなぁ、 なんて野望もあったけれど、 向こうは別に、そんな枚数のかさんだ文章なんて、特に求めていない。 10作くらいたまったら、 勝手に送りつけよう!と計画していた。 でも、途中まで書いて1年も経つと 「まぁ、いいか」 となる。 そう、結局のところ放置していたのだ。 そして最近、思い出して改めて読み返してみたところ、 自画自賛で 「これ、なかなか面白く書けてるじゃないか!」 と思ったので、調子にのって挿絵を作ってみた。 挿絵が加われば、完成度がグッと上がる……気がする。 これはもう、 AIで挿絵を作るために、1年以上放置していたような気がしてきた。 刀と文章のあいだに、AIという静かな相棒が加わった。 AIイラストが、絵心ゼロを救った話 最近、自分の中で「AIイラスト」がすごく熱い。 何しろ、私は絵が上手く描けない。 文章はなんとかなっても、絵はまるでダメ。...
2024年12月15日


あそびフェスのはじまりvol.2
仲間への呼びかけ 「あそびフェスをやろう!」 楓の提案に背中を押された翔真は、地元で活動するアーバンスポーツ仲間に声をかけ始めた。 まず向かったのは、丸月城の裏手にある公園。この場所は、鉄棒が設置されていることから地元のストリートワークアウトチームの練習場として知られている。 「おーい、翔真! 今日は何の用だ?」 筋肉質でがっしりとした体格の男性が鉄棒から降りながら声をかけてきた。彼の名前は藤岡健一。40代の彼は元スタントマンで、地元では少し名の知れた存在だ。普段は若者たちにストリートワークアウトを教え、良き兄貴分として慕われている。 翔真は少し照れながら切り出した。 「実は、『あそびフェス』っていうイベントを企画していて……。健一さん、ストリートワークアウトのパフォーマンス、参加してもらえませんか?」 藤岡は腕を組み、少し考え込むような顔をした。 「イベントか……面白そうだな。でもな、俺たちが人前で演技するなんて初めてだし、正直、何をやればいいのか見当もつかないぞ?」 翔真は真剣な表情で答えた。 「普段の練習の延長でいいんです。技が完璧じゃなく
2024年12月11日


あそびフェスのはじまりvol.1
丸月城のふもと、 公園での出会い 青空が広がる快晴の日、陽ノ川県を象徴する名所「丸月城」が威風堂々と佇んでいた。 その麓には広々とした公園が広がり、滑り台やブランコで遊ぶ子どもたち、木陰で読書する若者たち、中高年がジョギングする姿がのどかに混じり合う。 地域ブログを運営するフリーライターの楓は、そんな公園をカメラを手に散策していた。 「何か面白い題材がないかな……」 楓はカメラのレンズを覗き込みながらつぶやく。しかし目に入るのは、ほのぼのとした日常の風景ばかりだ。 その時、公園の一角に人だかりができているのに気づいた。 「何だろう?」 興味をそそられた楓が近づいていくと、驚くべき光景が目に飛び込んできた。 パルクールとの出会い そこでは若い男性が、コンクリートの壁を勢いよく駆け上がっていた。地面を蹴って一瞬の滞空時間を作ると、手を壁の上端にかけ、そのまま滑らかに体を引き上げる。頂点で一瞬静止した彼は、軽やかに地面へ飛び降りた。 「すごい……!」 楓は息を飲んだ。男性の動きには計算された正確さと無駄のない美しさが宿っていた。 「やったー!」...
2024年12月10日


俊太郎さんと、電話の終わり
追悼:谷川俊太郎さんが教えてくれた自由な詩と優しさ 言葉は、 書き終えた瞬間に終わるものではなかった。 詩人・谷川俊太郎さんがお亡くなりになりました。 「自由な詩がいい。年齢も職業も性別も問わない。 全部自由な詩にしよう。」 この言葉そのものが、まるで俊太郎さんの生き方のようです。 今振り返ると、楽しかったことが、次々と思い出されます。 書かれたあとも、言葉は光の中に残る。詩と静けさが交差する、ある午後の机 俊太郎さんと自由な詩 一時期、俊太郎さんと息子の賢作さんにお願いして、 「ことばとあそぶ おととあそぶ」という、詩と音楽の公演をしていました。 その延長で生まれたのが、「谷川俊太郎賞」という企画です。 公募した詩を俊太郎さんご自身が選び、受賞作をコンサートで朗読し、感想を伝える—— 今思えば、ファン垂涎どころではない、贅沢すぎる企画でした。 この企画を思いついたきっかけは、とても単純です。 俊太郎さんに選んでもらえて、 しかも直接、言葉をもらえたら—— その詩を書いた人の人生が、少し変わるかもしれない。 そう思ったのです。 他の方がどうされて
2024年11月30日




詩は誰のもの?谷川俊太郎の言葉と、音楽でよみがえる詩の時間
詩と音楽が出会う瞬間|谷川賢作のコンサート体験 「詩と音楽」のコンサートを企画した時、谷川俊太郎さんがこう言っていた。 自分の頭の中にあるうちは、その詩は自分だけのものだけど、原稿用紙にペンで書いた瞬間から、詩は自分だけのものじゃなくなる ...
2024年11月6日
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